朝、目が覚めて初めに見えたのは    
鮮やか過ぎる血の緋と白い生命の抜けた亡骸。





- 最 期 の 唄 -




何時だか彼は云っていたっけ。
彼の仕事は何時も死と隣り合わせ。
何時死んでも可笑しくないと。


其の何時が明日なのか5年後なのか其れは全然予測も付かないけれど1つだけ判る事と云えば
ずっと一緒なんて甘い永遠等は望めないと云うことだけ。
けれど、幸いなのかあたしは彼のことをとても愛しているけれど永遠なんて彼に望んでいないから。
其れが、きっとあたしと飽きやすい彼を今も繋いでいる唯一のものなのだろう。
別に悲しいだなんて思ったことはないけれどね。
(其処が可愛くないって云われるけれど。)




只、もしも彼が死んでしまう時が来たのなら迷わずあたしの側で死んで欲しい。

「なんて思ったって無理な話なんだろうけれどね。」


自分の馬鹿げた妄想に少し呆れて溜め息を吐く。
だって、彼が死んだらきっと遺体なんて残らないから。 
そう、彼のしている仕事とはそう云った仕事なんだ。証拠など一切残さない。非情なまで徹底している。
少しだけ。ほんの少しだけ彼の仕事について知っているあたしは其れが酷く悲しい。



「・・・そろそろ行かなくちゃ。」

誰も居ない部屋に漂う言葉。
「女の独り言ほど寂しいものは無いわ。」と云っていた友達の言葉が少しだけ理解出来た気がする。


そろりとソファーから立ち上がり自室のクローゼットへと向かう。
どうせ褒めてくれたりする訳ないと分かっているのに、彼に逢う為に精一杯のお洒落をするあたし。
きっと、後で虚しくなるのは分かっているのに止められない。
だって、もしかしたらこの逢瀬が最後になってしまうかもしれないから。
彼の最期に思い出す姿があたしの綺麗な姿であるように。
何時だって死の恐怖と対面している彼の為に出来るあたしの唯一のこと。

彼が聴いていたのなら鼻で笑われてからかわれるかも知れない。(寧ろ絶対される。)
「お前、馬鹿じゃねーの?俺がそんなに柔に見えんのかよ?」って怒るかもしれない。
だけど、其の可能性は彼の仕事には付き物だから。
彼がどんなに否定したって其の可能性だけは捨てきれるようなものじゃないから。


今日はどんな格好にしよう。
この前この服は着たし、この間はちょっとボーイッシュ過ぎたみたいだし。






「・・・今日は女の子らしくしようかしら。」






















其れはきっと知らぬ間に感じていたのかもしれない。






















今日は長い髪を何時ものように結わず下ろしたまま。何時もは邪魔で絶対にしない。
そして真っ白のワンピース。ちょっとベタ過ぎるような洋服。
丁度、胸の所にピンクの可愛らしい花を付ける。此れは、彼からのプレゼント。
滅多にプレゼントなんてしない彼が(というか絶対にしないよね。)あたしの誕生日にくれた唯一のもの。
白いワンピースに映えた花は自分で云うのもなんだけれど、とても綺麗だった。

(きっと彼は其れが自分で与えたものだと気づくこともないだろうけれど。)



時間を見て少しだけ慌てて家を出る。
彼が時間通りに来ることなんてないと分かっていても少しでも早く逢いたいから。




待ち合わせ場所に着いたときやっぱり彼の姿はなく少しの安堵の押し寄せる不安。
(安堵は怒られないという安心。不安は彼はちゃんと此処に来るのかという恐怖)
何時だって隣り合わせ。みんなみんな。あたしも彼も。そしてあの人も。



駄目だ。と自分に言い聞かせる。そんなこと考えてもどうしようもないことなのだから。
今日の自分は如何にかしている。なんで何時もより思考が空想してしまうのだろう。

何時だって考えないことはないけれど。
彼と居るときだけはなるべく考えないようにするけれど、やっぱり不安なのかもしれない。
彼に仕事を止めてと思ってない筈なのに、もしかしたら止めて欲しいのかもしれない。

そんなこと云えないのは分かりきったことだけど。






「早く・・・来ないかな。」

自分の空想に嫌気が差し彼に抱きつきたい衝動に駆られた。
けれど、当の本人は未だ来ない。約束の時間は当に過ぎているのに。
電話をして安否を確かめたくても其れは出来ない。
だって、知らないから。生活必需品にもなっている携帯の番号をあたしは知らない。
きっと、普通の人からしたら信じられないかもしれないけれど、これは彼の優しさだから。


もし、仕事に失敗してしまったら彼は捕まって殺されるだろう。
その時に、全てを調べ上げられる。もしも、あたしの名前があればあたしにも被害が及ぶから。
本当のところあたしは其れでも全然構わないの。だって、彼と繋がっていた証拠だから。
だけど、彼はきっと其れを赦さないから。徹底したまでの拒絶をされたならそれ以上何も云えないもの。



「頭・・・痛・・・い・・・・・・・。」




考え過ぎなのか頭痛と眩暈と吐き気がした。
未だ、彼は来ないのだろうか。もうこんな不安は厭だと思いたくないのに。




「なーに。辛気臭い顔してんだよ?」

愛しい人の声が後ろからする。其れだけで頭痛も眩暈も吐き気も何処かへ行った気がする。
(我ながら単純だと思うけれど、本当のことなのだから仕方ない。きっと彼はシニカルに笑うだろうけど。)

「遅いわよ。そろそろ帰ろうかなーなんて思ってたところよ。」

其れは嘘だけど。だって、そんなこと絶対出来やしないから。
(だって、彼と逢える貴重な時間を自ら手放すなんて勿体ないことだもの。)



「そんなに怒るなよ。今日は一日中一緒に居れるように調整して来てやったんだぜぇ?」
「あら。気紛れな貴方が珍しいのね。雨・・・寧ろ雹でも降りそうね。」
「ひでぇー。」

そう云いながら特徴にある笑い声で笑う。この笑顔は何時まで見れるのだろう。


「今日は何処へ行くの?まさか、考えてないなんて云わないわよね?そっちから誘っておいて。」
ありえそうなことを先に云い釘を刺す。だって平気で考えてないって云い出すのだもの。
「今日は特別なんだよ。良いから黙って付いて来いよ。」

本当に珍しい。彼が自ら進んでエスコートするだなんてありえない。
其れでも、そんな特別な彼を独り占めできる歓びのほうが大きくて大事なことに気づけなかった。



暫く彼の後を続いて歩いていく。何故だか隣に並ぶことは無くて。
この感じがそのまま今の二人を表しているようで少しだけ肺が痛んだ。




「ねぇ、何処に向かっているのよ?いい加減足が痛くなってきたんだけど。」
「もうすぐ着くから其れくらい我慢しやがれ。」

足がズキズキと痛む。まさか、こんなに歩くなんて思ってなかった。
やっぱり、彼のエスコートを喜んだのは失敗だったかしら。
そんなこと微塵も思ってる訳ないのにあまりの足の痛みに考えてしまった。
しかも、歩かせといて何もないんだもの。
鞭ばっかり与えているとペットは死んでしまうのよ?って彼に其れは関係ないだろうけど。






「・・・・・・・・此処。」
「入れよ。」

グズグズしてると置いて行くぜぇー?なんて笑いながら云う彼。
連れてこられた所に驚きながらも彼なら本当に放置しかねないから彼に次いで中へ入る。
こんな治安の悪いって云われる所に置いてかれたら生きて帰れないもの。


「・・・珍しいのね。プライベートを滅多に明かさないのに。」
「厭味か?厭ならそこら辺のホテルでもいいんだぜぇ?」
「あら、厭よ。せっかく来たんだもの。」
「なら、こっち来いよ。」



廊下を真っ直ぐ歩いて辿り着いたところはリビング。
此処も全く生活観がない。生活に必要なものが絶対的に足りてない。

其のくせ、仕事に使うものだけは取り揃えてる。
そのせいで生活観は全くないけれど殺風景ってことはない。
妙な違和感を覚えつつも部屋を見渡してみる。


「本当に仕事用って感じね。こんな部屋で休まるの?」
「休まんねーからお前んとこ行ってんだろ?」
「・・・・・・・そう。」

慣れている筈なのになんだか肺が痛む。
厭ね。こんな風に思う為に出会った訳ではないはずなのに。

「ま、此れ見ろって。」


そう云われて目を遣ればテーブルの上に置いてあるバースデーケーキ。
絶対に用意されてるはずないモノ。


「な・・・んで・・・・・・?」
「なんでって、お前自分の生まれた日も覚えてねぇーのかよ?」
「ぁ・・・そういうことじゃなくてっ。」


予想もしなかったことに混乱した頭。
云いたいことがありすぎて言葉出て来ない。


「ッチ。なんだよ?嬉しくねぇーのかよ。」
「ぇ・・・だって。ケーキ。貴方が・・・?」
「・・・クックッ。お前なーにテンパってンだよ。」
「だって、貴方が柄でもないこと・・・するか・・・ら・・・・・・ッ・・・。」




不覚にも涙が溢れてしまった。嬉しかったのと驚いたのと色々が交じり合って堪えられなかったの。
だって、貴方が柄にもないことするのだから。今日だって貴方に抱かれて終わりだと思っていたのだもの。
其れなのに・・・こんな不意打ちょっと卑怯じゃないの?
貴方に泣き顔なんてあの時以外は見られたくないのに。
自己嫌悪?・・・・否、嬉しいのに素直に喜べないのが悔しいだけよ。きっとそう。


「誕生日なんて祝ったことねぇーから分かんねぇーけど。」

此れで満足か?
なんて云われて満足じゃないって云える訳なくて。


「・・・ありが・・・とう。」
「どーいたしまして。」


お礼を述べた時の彼の顔は今も忘れない程、嬉しそうだった。
其れは丸でお母さんに褒められた子供のようで。
そんな顔を見たらもっと泣けてきて涙が止まらなくなったの。



もし、明日側に貴方が居なくても此れだけできっと生きていける。
そう思える程嬉しかったのよ。
(だって、きっと此れが最初で最後だから。)





その後は例の如く予想通りのお決まりの展開で。
だけど、何時もと違って貴方はとても優しくて。
行き過ぎた快楽にあたしは何時の間にか気を失っていて。

(だって、久しぶりだとか云ってあたしのこと考えてもくれないんですもの)
(其れが嬉しかった。だなんて絶対云ってやりはしないけれど。)







今思えば最初から全て全部何から何まで可笑しかったのよ。
彼の行動もあたしの行動も全部上手く行き過ぎるくらい当て嵌まってしまって。
気づけば良かった。そしたら彼を止められた?
そんなこときっと出来ないだろうけれど。(だってあたしが好きになったのはそういう彼だから)







生臭い血の赤さと匂いに視覚と嗅覚、全部の感覚を奪われたあたしは
血の気が無くなって真っ白になった貴方を抱きしめながら
彼が好きだと云った悲しい失恋の唄を歌い上げた。


愛しくて切ない歌詞と其れを引き立てるピアノの音が憎らしいくらい綺麗な唄。
なんで彼の最期に其れを歌ったのかは今も分からないけれど
最期くらいは彼の好きなことをしてあげたかったのかもしれない。















もし、あたしがそっちに逝ったのなら
貴方は刹那過ぎる失恋のこの唄を歌ってくれますか?














悲し い祈り の 唄












++++
多重人格探偵サイコを読んで降臨されましたお話。
ちょ、陳腐過ぎて泣けてくる。寧ろ、泣いて謝るべきかもしれません(・・・
サイコで好きなキャラは西園さん。弖虎の方じゃなく伸二さんね。
なんで、彼のイメージは間違えなく西園さん。笑
影響されまくりな自分に最早乾杯。

最後の方は終わらなくなりそうで焦って打ち切りチックに終わらせちゃった。
もっと書きたいこといっぱいあったはずなのにね。
駄目なんだ。本番になると分かんなくなる。

何時か、書き直してあげたいね。

描きたかったものは優しい嘘と乾いた愛。
見えない故の恐怖とか、踏み切れないことへの苛立ちとか。
結局、自分に対する苛立ちなんだよ。


処であたしにとって悲しい失恋の唄はなんだろうか。




2006.04.15 瑞凪 茉姫